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    2014年07月

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    1:2014/07/04(金) 05:36:13.41 ID:

    「SLAM DUNK」のBlu-ray発売と、テレビアニメ化20周年を記念して、「SLAM DUNK」の名言を募集する企画が「SLAM DUNK Blu-ray Collection」の
    公式サイトで行われ(投票期間:5月13日~6月15日)、「SLAM DUNK」名ぜりふベスト5が決定した。

    【写真を見る】第1位に選ばれた名ぜりふはこのシーンから生まれた!→第2位のシーンも!

    「SLAM DUNK」は'90年から井上雄彦により週刊少年ジャンプ(集英社)で連載が始まり、'93~'96年にはテレビ朝日系でテレビアニメが放送された。
    アニメ放送当時最高視聴率は21.4% 、平均でも15.3%を記録した超人気作で、その人気は日本だけに留まらず、
    世界各国で放送され今なおファンを増やしている名作だ(視聴率はビデオリサーチ調べ。関東地区)。

    1千通を超える応募の中から栄えある第1位にランクインしたのは、

    ■第1位 三井寿「バスケがしたいです」

    全国中学MVPのスタープレイヤ-だった三井。湘北バスケ部に入部当初は、「全国制覇」という目標を口にしていたが、
    膝をケガし、チームから離れることに。その後、自分の居場所を失ってしまった彼は、すっかりすさんでしまう。
    宮城リョータにイチャモンを付け、不良仲間と一緒にバスケ部をメチャクチャにしようと体育館で大暴れするが、
    恩師の安西先生が現れ…(第27話「バスケがしたいです!」より)

    ■第2位 安西先生「最後まで、希望を捨てちゃいかん あきらめたらそこで試合終了だよ」

    中学生時代の三井に言った一言。三井が諦めそうになった試合で、偶然居合わせた安西に掛けられたこの一言で三井は励まされる。
    奮起した三井の活躍でチームは奇跡の逆転勝利を起こし、三井が湘北高校に進学を決めたきっかけに(第26話「三井寿15歳の悩み」より)

    ■第3位 陵南・田岡監督「敗因はこの私!!陵南の選手たちは最高のプレイをした!!」

    神奈川県大会の「湘北×陵南」戦。残り試合時間1分を切り、64対68で4点リードを許す陵南。
    最後の最後まで闘志を燃やし続け、激戦を繰り広げるも湘北が勝利。
    全国大会出場を逃した陵南の田岡監督はこう試合を振り返るのだった(第84話「勝敗」より)

    ■第4位 陵南・田岡監督「あいつも3年間がんばってきた男なんだ。侮ってはいけなかった」

    神奈川県大会の「湘北×陵南」戦。湘北にリードを許していた陵南の田岡監督は、
    三井の代わりに入った木暮のマークをあえて外し、驚異的なプレーをみせるレギュラーメンバーにターゲットを絞ろうと考える。
    だが、ノーマークで花道のパスを受けた木暮は、3年間の集大成であるスリーポイントシュートを放ち、
    湘北を勝利へと導く追加点を入れ、田岡監督はこうつぶやく(第83話「副主将メガネ君の執念」より)

    ■第5位 桜木花道「メガネ君 引退が伸びたな この天才のおかげで!」

    神奈川県大会の「湘北×陵南」戦。残り試合時間1分を切り、木暮のシュートで3点を加えた湘北は、64対68で4点リード。
    だが最後まで希望を捨てない陵南はしぶとく湘北に食らいつき、湘北も一歩も引かず、ついにゲームセット。
    湘北の全国大会出場が決まり、花道は涙して喜ぶ小暮にこの一言を(第84話「勝敗」より)

    第6位以降も順次「SLAM DUNK Blu-ray Collection」オフィシャルホームページに掲載される予定。
    また、キッズステーション内の特別番組「みんなが決める スラムダンク名台詞BEST5!!」(7月7日月曜~11日金曜)内でも
    投票結果が発表され、ランクインした名ぜりふが収録された話数を放送する。

    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140703-00000008-the_tv-ent
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    1:2014/07/03(木) 21:00:53.08 ID:
    no title“燃える闘魂”アントニオ猪木(71)のものまねで一世を風靡した芸人の春一番(本名・春花直樹)が3日、
    都内の病院で肝硬変のため死去したことが、本紙の取材で分かった。
    春さんの所属事務所が本紙の取材に認めた。47歳だった。

     春さんは1985年に片岡鶴太郎(59)の弟子として芸能界入り。猪木の“完コピ”で話題を呼び、人気者となった。
    だが、大のアルコール好きがたたって2005年に腎不全で入院。
    すい臓、肝臓、腎臓と内臓を全部やられて体重が激減。骨粗しょう症にもかかり、長期休養していた。

     ここ2?3年はエスパー伊東の誘いで芸能事務所「アネット」に所属。酒は1日おきにたしなみ、
    週末に営業するというスタイルで、体調を考慮しながら仕事を続けてきた。

     アネット関係者によると「2日夜に酒を飲んで就寝した。
    けさ4時に奥さんが目を覚ました際はいびきをかいていたが、奥さんが6時ごろに目を覚ますと呼吸が止まり、
    体が冷たくなっていた。急いで救急車を呼んで病院に運んだが、蘇生措置も実らなかった」。

     検死の結果、事件性はないと判断された。子供がなく、二人三脚で歩んできた夫人はあまりに急な事態に泣きはらしているという。

     通夜・葬儀の予定は現時点では未明。

     最近、テレビ番組や営業で共演していたエスパーは「あまりに急で事態がのみこめない。1か月前にも仕事したばかり。
    まだ信じられない」と言葉少なだった。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140703-00000046-tospoweb-ent

    1が立った日時:2014/07/03(木) 19:35:41.62
    前スレ
    http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1404383741/


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    1:2014/07/03(木) 15:40:19.45 ID:
    小野恵令奈が芸能界引退「新たな目標に向けて一歩一歩進んでいきたい」 2014.7.3 15:19

    「えれぴょん」の愛称で人気を集めた元AKB48で女優の小野恵令奈(20)が3日、
    オフィシャルブログで、芸能界から引退することを発表した。

    小野はこの日午後3時に「ご報告」のタイトルでブログを更新。「皆様へ この度小野恵令奈は、
    2014年7月15日をもって芸能界を引退する事にいたしました」とファンに報告。
    「突然のご報告となり、皆様にご迷惑とご心配をおかけすることになってしまい、ごめんなさい」
    と謝罪した。

    小野はまず、「私は12歳で芸能界に入り、お仕事を通じてたくさんの勉強をさせていただきました。
    普通では味わえないような経験を、夢の様な時間を、景色を見させて頂きました」と約8年間の
    芸能生活を振り返った。

    そして、「憧れであった仕事だったからこそ、無我夢中でいられた反面、思春期を経て色々と考える様に
    なった自分がいることに気づきました。20歳に近づくにつれて、その想いが強くなっていき、
    自分自身と向き合って考える時間も増えていきました。そして、新たな夢や目標が出来て今回の様な
    決断をさせて頂きました」と引退を決意するに至った経緯と理由を明かした。

    新たな夢や目標の具体的な内容については書いていないが「これからは違う形ではありますが、
    新たな目標に向けて進むべき道を一歩一歩しっかり進んでいきたいと思います」と力強く綴った。

    最後に「本当に沢山のファンの方々や関係者、スタッフの皆様の支えや応援があったからこそ、
    今に至るまで私は、素敵な芸能生活を送らせて頂けたと本当に本当に心から感謝しています。
    約8年間、とても楽しかったです。みなさんに出会えた事、過ごした時間、幸せでした。
    ありがとうございました」と感謝の言葉でしめくくった。 

    小野は2006年4月、AKB48チームKの公演でデビュー。10年9月に卒業した後、
    芸能活動を一旦休止した。11年10月に新事務所に入り、12年6月にソロデビュー。
    同年、日本レコード大賞新人賞を受賞した。その後は、13年4月にTBS系「タンクトップファイター」
    で連ドラに初主演。今年3月公開の映画「白ゆき姫殺人事件」にも出演するなど女優として活動していた。

    サンスポ http://www.sanspo.com/geino/news/20140703/oth14070315190021-n1.html
    芸能界からの引退を発表した小野恵令奈
    【元AKB48の小野恵令奈(20)が芸能界から引退することを発表】の続きを読む

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    1:2014/07/03(木) 06:51:02.40 ID:
    NEWS ポストセブン 7月3日 5時6分配信

     2000年に4才年上のアメリカ人・ジェームスさんと結婚した武田久美子(45才)が、現在離婚協議中であると『女性セブン』2014年7月17日号で告白している。

     武田は結婚当初、アメリカに拠点を置き、専業主婦として家事に専念。2002年に長女・ソフィアちゃん(11才)が誕生、育児に追われながらも、独自の美容法やエイジレスな生き方を著書やブロクで発信していた。

     離婚するに至った経緯について、武田は、「実際に離婚を切り出したのは彼からでした。結婚当初から出張が多かった彼は、週末しか家に帰ってこないことも多かったのですが、
    2~3年前からすれ違いはもう決定的という感じになっていたんです」と、語っている。

     実際に離婚の話が出たのは2012年の11月。アリゾナに転勤となったジェームスさんから電話で「やっぱりもうお互いの関係は修復できないと思うから、離婚という形をとろう」と切りだされた。
    武田はその時点から「離婚へ向けての道は、もう避けては通れないものとなってしまいました」と考えていたという。

     また離婚の原因は、「それはもう、『考え方の違いが重なって、お互い愛情が冷めてしまった』としか言いようがないですね。
    浮気の現場を目の前で見た、というのなら手っ取り早いしわかりやすいけれど、何年もかけてじわじわとすれ違っていった感じです」と説明。

     さらに、「芸能界の仕事でなくてもいいから何か仕事をすれば、って言うんです。確かにアメリカで“専業主婦”は少ない。彼のお母さんも仕事をしていました。
    でも、慣れない土地で子育てをしながらフルで働くことは無理だと、いくら説明しても聞く耳をもたない感じでした」と語る。

     主婦という立場に対する考え方の違いも、大きく影響していたようだ。

    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140703-00000001-pseven-ent
    【武田久美子 アメリカ人男性と離婚「専業主婦望まれなかった」】の続きを読む

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